痛みの神経機構
Nervous System of Pain
痛覚
痛覚には体性感覚中の皮膚痛覚,深部痛覚と,内臓痛覚がある(図1)。
- 1)皮膚痛覚
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皮膚痛覚は,強い機械刺激や高温,ヒスタミンやブラディキニンなどの発痛増強物質によって生じる。痛覚はこのように組織の侵害性刺激noxious stimulusによって生じることから,侵害受容nociceptionとも呼ばれる。皮膚痛覚には,刺痛(一次痛)pricking painと鈍い痛み(二次痛)dull painがある。刺痛は針で刺されたときのような鋭い痛みで,鈍い痛みに対して潜時が速く局在性も明瞭である。受容器はすべて自由神経終末で,前者の感覚神経はⅢ群(有髄神経のAδ)線維,後者はⅣ群(無髄神経のC)線維である。痛覚線維に順応はほとんどみられない。一定の部位に同じ刺激を連続して与えると,痛覚閾値はむしろ低下する(痛覚過敏となる)。この認識が臨床家に乏しいことが痛みのある患者が減らない原因にもなっている。
侵害受容器は,刺激受容の特徴から,高閾値機械受容器high threshold mechanoreceptor,ポリモーダル受容器polymodal receptorと分類されることもある。前者は皮膚を損傷するような強い機械的刺激のみに反応するのでこの名がある。それに対して,後者は機械刺激,熱刺激,発痛物質(化学刺激)のどれにも応答する。高閾値機械受容器からの痛みは一次痛,ポリモーダル受容器からの痛みは二次痛に相当する。
皮膚には様々な感覚点が分布するが,分布密度は痛点pain pointが最も高く,が1平方センチメートル当たり100~200個分布している(痛点の直径は約100μm)(図2)。このように,皮膚上には小さな痛点が高密度に分布しているので,注射痛は必ず生じるものと考えた方がよい。
- 2)深部痛覚
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筋,骨,関節や結合組織から生じる痛みは深部痛覚deep pain という。深部痛覚には筋肉痛や関節痛,骨折の痛み,頭痛などがある。受容器は筋膜や骨膜,関節包に存在する自由神経終末で,感覚神経はⅢ及びⅣ群(Aδ及びC線維)に属する。冠状動脈の虚 血によって生じる狭心症の痛みも骨格筋の侵害受容器による。
一般に深部痛覚は鈍い痛みで,皮膚痛覚に比べて局在性に乏しい。
- 3)内臓痛覚
- 消化管を切断したり電気凝固しても痛覚は生じない。内臓痛覚は,内臓平滑筋が痙縮を起こしたり強く収縮したとき(能動的収縮),急激に強く伸展された場合(受動的伸展),またその栄養血管が虚血(循環不全)を起こしたときに生じる。肺にも刺激性の気体や塵粒子などによって興奮する侵害受容器がある。内臓痛覚の受容器も自由神経終末で,求心性線維にはⅢ,Ⅳ群(Aδ,C)線維が混在する。求心路は自律神経中にあり,頸部は迷走神経(副交感神経),胸・腹部は内臓神経(交感神経),骨盤部は骨盤神経(副交感神経)をそれぞれ走行する。内臓痛覚も深部痛覚同様,局在性に乏しい鈍い痛みで,周囲に放散する。胆石や尿管結石,虫垂炎の痛みなど,内臓痛覚を伴う疾患は多い。
痛覚の上行性伝導路
皮膚及び痛覚線維は脊髄に入ると温度感覚と共通の外側脊髄視床路を上行するが,顔面の痛覚は三叉神経から橋に入る。痛覚の上行路は他の体性感覚と同様,脊髄内で1回ニューロンを交代した後,反対側に移行して上行し,視床で中継され,対側の大脳皮質に投射する。皮膚痛覚は中心後回の大脳皮質一次体性感覚野の3,2,そして1野に投射する(3野には皮膚感覚,2野には深部感覚,1野には両者が混在)。
内臓からの感覚神経は内臓支配の自律神経を通って脊髄に入る。その後体性神経系と同じく脊髄視床路を上行し,大脳皮質でも体性感覚と同じ中心後回に投射する。
痛覚系の異常
- 1)痛覚過敏
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熱や紫外線などで皮膚が炎症を起こしたとき,発赤,腫脹とともに痛覚閾値の低下がみられる。これを痛覚過敏hyperalgesiaという。これは,炎症によって発痛物質であるプロスタグランディン,ヒスタミン,セロトニン,K+などが組織に放出されることによると考えられている。痛覚過敏は深部組織の炎症でも起こる。
- 2)幻肢痛
- 四肢切断後,ないはずの手足の局所に覚える痛みを幻肢痛phantom (limb) painという。実体のない投射痛projected painである。切断された神経の中枢端は再生するが,四肢切断によって被支配組織がなくなった場合には神経腫neuromaをつくる。神経腫の中には刺激に対して非常に敏感なものがあり,軽度の機械的刺激や寒冷刺激などで激痛を生じることがある。これが幻肢痛の原因である[2]。
- 3)無痛症
- 先天性無痛症congenital insensitivity to pain は末梢の感覚ニューロンの遺伝性変性疾患である。有髄および無髄神経の大部分が脱落し,四肢の著しい全知覚障害がみられる。自律神経障害は軽度である。先天性無痛症の子どもは,切り傷や骨折をしても痛みを訴えないので,四肢をギプス保護して過度の運動を抑制して怪我を予防する。敗血症を起こして始めて,傷口からの感染に気づく場合がある。
- 4)関連痛
- 内臓疾患による異常感覚(痛み)が皮膚分節性に体表に投射して,皮膚の痛みとして感じられることを関連痛referred painという。たとえば,心臓からおこる痛みは左胸壁から上肢の体幹側にかけて,尿管結石の痛みは鼠径部の皮膚に投射される。関連痛は,臓器からの痛覚線維と皮膚からの痛覚線維が,脊髄後角の同じ外側脊髄視床路のニューロンにシナプスしているために起こる。関連痛のあるときには,痛みの発生源が皮膚か臓器か中枢レベルでは判断できないが,ふだん体験することの多い皮膚上の痛みとして知覚されるのであろうと推測されている。皮膚分節と臓器との対応はよく知られており,画像診断技術が進歩する以前までは,内臓疾患の診断に利用されていた。もちろん,現在でも関連痛の深い知識は検査前診断に大いに役立つ。
- 参考文献
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- Schmidt, RF: Nociception and pain. In Human Physiology, 2nd ed, Schmidt,RF and Thews,G eds, SpringerVerlag,Berlin, Heidelberg, New York,1987, 223236.
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